友人がニコニコ大会議に行って来たの話

7月4日(金)18時より、東京ドームシティ JCB HALLにて、
ニコニコ大会議2008 〜日本の夏、ニコニコの夏〜」が、催されていた模様。へえ〜。
https://secure.nicovideo.jp/secure/entry_summer

そして、ちゃっかり応募してちゃっかり当選していた友人が、一人で参戦してきたのだ。
ひろゆきを見てきたとか、痛い厨房が多かったとか、そんな話は予想の範囲内で、単純な「いいなあ」「見てみたいなあ」くらいしか感想が出てこないのだけれど。

 
「たのしかった?」と聞いたら

ひろゆきが質疑応答するとき、ステージの左右のスクリーンに、ストリーミング生中継してるニコ動画面が出てるんだよ、コメントとかもリアルタイムで表示されて。そんで、質問のときに、太ってる人が喋ったら、その人が見てる目の前で、『ピザwwwww』とか可哀想なことが流れてて」

「みんな最初笑い堪えてるんだけど、次第にゲラゲラ笑いになって、ひろゆきも笑ってて、俺もゲラゲラ笑っちゃったよ」

「あと、その次に頭の薄いおじさんが質問してて、画面には『ハゲwww』『更年期wwww』とかコメント流れてて、もうみんな笑いすぎてて質問何言ってるかわかんないほどだった」

「『ハゲwww』ってコメントが流れてきたとき、会場のあちこちから小声で『ハゲ…』『ハゲ…w』って聞こえてきてさ、画面のコメントを読んでるだけなのに、その人に直接言ってるみたいに聞こえちゃう不思議」

「このあたりが一番たのしかったな」

 
衝撃を受けた。すごい。すごいことだ。

あまりにも斬新すぎるコミュニケーションの現場だ!!


もちろん、現実的な日本社会の風潮から言えば、モラル的に問題になってもいいほどの、罵倒中傷に値する。大観衆の集まる中、衆目に曝され、さらに世界中に生中継されている中で、自分の顔の上に、酷い言葉が流れていくのだ。それを見て、会場の人達、パソコンの前の人達が、その人に向かって大笑いをするのだ。これほどの恥はそうそう無いはずだ。それを防ぐでもなく、会社組織の公式イベント上で、ダダ漏らしの笑いっぱなしのまま、よしとする。運営側もよしとする。オーディエンスもよしとする。分からないけどきっと、笑われてしまった人達も、よしとしている気がする。

たとえば、こういうトークライブの類で、倫理的に危うい話題(いわゆる地雷みたいな)や、おかしな質問者の登場などで、会場に緊張感が走ったり、妙な空気になって居心地が悪くなったりと言うことは、些細な事ならたくさんあるはずだ。だけどそこに、「ニコ動システム」が介在することで、それは全て「晒されてしまう」。誰もが思ってるけど言えないこと、言わないように顔に出さないように気をつけていることを、そうさせている「その場の空気」が介入しない人達、の介入によって、「誰もが思っていること」は「そこに表示されていること」へ同質化してしまう。

場の空気を読んで、思っているけど黙っておくというのは、相手のためというより、自分がそこで目立つのが恐いという心理の方が強いと思う。その会場で誰かが当人に向かって大声で「ハゲ!」なんて言ったら、白い目、痛い厨房を見る目で見られてしまうに違いない。だけど、その場に居ない、名前も姿も見えない単なる「意思」が、「ハゲw」とモニターに表示させることは、同じ人間なのに、全く違う意味と効果を持っている。それは誰のものでもない、「ニコニコ動画に関わる"みんなの意思"」になるんだと思う。

会場の人達は、参加しながらも、いつも通りニコニコ動画を見るように笑っている。パソコンの前の人達は、いつも通りニコニコ動画を見ながらも、会場に参加していて、会場の人達と同じことを考えている。ただ違うのは、考えたことがそのまま文字という「大声」になってしまうところ。「大声」を発しても、誰にも変な目で見られない、「ネット」で保護されているから何も恐くない。脊髄反射的なネットからのコメント書き込みによって、会場の人達の頭の中を代弁する。会場の人達は、代弁されてしまった以上、もう黙って耐える意味もないので、笑ってしまう。いつもニコ動を見るときと同じようにゲラゲラと。

ライブ・コミュニケーションの、これほど異質でダイナミックな現場に居合わせた友人を、いよいよもって本気で羨ましく思えた。

 
2ちゃん的、ニコニコ動画的、と言われるような独特のコミュニケーションは、環境さえ合成されれば、そのまま現実空間にも適応可能なんじゃなかろうか。それは、重苦しい場の「空気」や「無言の圧力」から解放された、とってもオープンでフラットで、それでいて視認的な、強い「一体感」を体感出来る、とても新しくて刺激的な「未来のライブ」になるのではないか。

ニコニコ動画で付加される楽しさだって、多くの場合「一体感」が強い。誰かと見ている感じ、誰かと同じ所で同じ反応をしている喜び。誰かは分からない不特定多数の「意思」と輪になって遊ぶ感じ。その楽しさは、現実のライブイベントとほとんど同じ要素を持ち合わせている。その輪の中に居る以上、どんなに曝され、悪口を言われ、笑われても、言われる方も、面白いのだ。

既存の価値観がぶっ壊されてしまった。そして、より人間的な(むしろ本能的な?)新しい価値空間の誕生の瞬間を、この友人の話から嗅ぎ取り、いたく興奮してしまった。きっとこの会場はその瞬間、世界の何処よりも「インターネットのような空間」だったはずだ。言い換えれば、「夢のような場所」かしら。

つくづく、ネット空間と現実空間を分けて考えることが、もう古臭いなあと思わせられる。

 
なお、大会議についての情報や動画などは僕はまったく見ておらず、敢えてその友人の主観から語られた言葉だけで、ここまで妄想を巡らしているので、おかしなところや思い込みすぎなところが絶対あると思うけど、別にそれでいいと思った。

僕自身は正直ニコニコ動画を全然見ていなくて、この大会議のことも応募が終わってから知ったのだけど、ニコ動の中の人達の思想というか、「ただ楽しいと思うことをやってるだけだぜ」というスタンスが、結果どんどん新しい刺激と価値観を生み出し、ネット上をひっかき回しているように見えて、すごくカッコ良く捉えてます。これもまた僕の思い込みですけど、別にそれでいいじゃないか。

 
「『MAD削除問題こたえて!』ってコメント流れてたのを見た美人な女の人が、空気読んでその質問してたら、『MAD美人www』とかコメント流れ始めて、イベント終わって会場出た後に、30人くらいに囲まれて写メ撮られてた。撮影おわったらキモヲタ5人ぐらいに囲まれて、馴れ馴れしく話しかけられてた、可哀想だと思った」


これは、ネットアイドルって言えるのでしょうか?質問するまでは、ただのイチ観覧者だったのに。うーん、難しいけど、なんだかどれもダイナミックな話だ。何が起こるか分からないからこそ、面白いんだね、インタラクティブってやつぁ。